別府から土山まで別府鉄道が走り、その途中に野口と言う町があると言いました。野口には 教信寺があります。教信寺は教信沙弥を祭り、河野一族の一遍上人が、ここで、往生したいと念願して、立ち寄ったことは国宝「一遍上人絵巻」に描かれていま す。私は別府に居るときは一度もお詣りをせず、東京に来てから一遍さんを知り野口の教信寺に心惹かれて訪ねることになります。別府や野口や教信寺はそれほ ど人口に膾炙していません。それより別府は「陣内智則」の故郷だと言ったほうが分かりがよいかもしれません。
昭和50年代の中ごろ、このお寺はひっそりと秋の日を受けて、門前に「一隅を照らす」 という石碑がたっていました。境内はそう広くはなく古びた鐘楼の前に、一本の酔芙蓉の花が咲いていたのが頭の隅に焼きついています。住職は留守で、若い僧 侶が私を出迎えました。「私は住職の息子で、副住職をしています。」「住職は留守ですが、私で良ければお答えします。」と。そして続けます。「仏教のこと は分かりませんが、音楽の事なら少しはお答え出来ます。」 変な坊さんだなアと思いながら、気を取り直して「私は一遍上人に惹かれて本を読んで居る内に、 教信沙弥を存じ上げ一度お詣りをして、色々伺いたいと思いました。」「私も宗教は良く分かりません。しかし、宗教と美術の接点のところが懐かしいので す。」といいました。
彼の顔色が急に明るくなり、重い口がなめらかになりました。彼は今押しも押されもせぬ 立派な宗教家で且つ音楽家ですが、そのときは未だ20代の独り者の青年でした。
前回も申し上げましたが、「長谷川 悟」でクリックすると、教信寺法泉院音楽の館の画面が現れます。
(続く)
2010年07月04日
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