余談があります。
ちょうど同じような時期にイタリアの海軍で潜水艇が沈没しました。
引き上げられた艇の惨状は目を覆うものがありました。
艇員がみな助かろうと出口の扉の前に仲間を押しのけるようにして、折り重なって倒れていたのです。
世界ではこの第六潜水艇の見事さに息を呑んだのです。
今でも英国のダートマスの海軍兵学校では第六潜水艇の物語は語り継がれています。
一阿がこの手帳の現物を教育参考館でアリアリと目のあたりにした時の感銘をお察しください。
佐久間艇長手帳の最初の数行。
「佐久間艇長遺言 小官ノ不注意ニテ陛下ノ艇ヲ沈メ部下ヲ殺ス、誠ニ申訳無シ、サレド艇員一同ニ至ルマデ皆ヨクソノ職を守リ沈着ニ事を処セリ、我等ハ国家ノ為メ職ヲ」・・・・
ここまでが最初の頁です。
敗戦後米国進駐軍が上陸し先ずこの第六潜水艇を壊し去りました。
佐久間艇長の記念館も破壊しました。よほど怖かったのでしょう。
私が精神のワールドスタンダードはいかん。というのはこの小さな島国が
まがりなりにも、世界に伍して立ち行くのは、世界にない美しいこころがこの国には厳存するからだと思うからです。
因みに、終戦時鈴木貫太郎首相と共に和平工作に奔走し、国民の生命を守った米内光政提督は佐久間艇長と同期です。