【白洲次郎のこと】一阿の言の葉 第45話

次に白州次郎のこと・・・

ある日客がみんな帰って、私と金森さんと二人きりになた時、彼はボソリと言ひました。
「私はあの人を、あまり好きになれません。」

白州といへば、講和条約に吉田を補佐して見事国の対面を保たせた英雄です。今でも。
NHKあたりは彼を誉めそやします。「どうしてですか」と問うた私に、彼は「白州は国民が食うや食わずで喘いでいたいたとき、ほとんどの財産をスイスの銀行に隠していたんですよ。」と言うのです。

人間の裏を見るような気がして、私はこの頃からマスコミを純真に信じることをやめました。   
私は先に、金森さんは上等兵曹だと言ひました。
彼は第二南遣艦隊の主計科下士官としてボルネオ・バリックパパンで終戦を迎へます。

「戦時中我々は」と彼は言ひます。
「ボルネオ現地の人達と一緒に飛行場を造りました。
彼らとモッコを担いで苦労しながらやっとデコボコの滑走路が出来上がったときは本当に喜びあひました。
すると現地のひとたちは、日本の兵隊さんはやさしいと言うのです。
どうしてか、と聞くと、今までオランダに支配されていた時、西洋の兵隊さんは鞭をもって我々を監督しただけだ。日本の兵隊さんのように一緒にモッコを担いでくれなかった。」

これは、ごく一片の物語に過ぎません。日本の兵隊さんは南洋の島々の人たちに、心ろから慕はれていたのです。
私は金森さんに言ひました。どうしてそんな良い話が新聞に出ないのですか。
彼は言ふのです。いくら新聞社に言っても公表しません。

そして日本軍が現地人を酷使したり、ひどいことをしたと言う間違った報道ばかりをするのです。35年ほど前の出来事です。この傾向は益々ひどくなってゆきます。


(続く)

2010年02月24日

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