時計を逆に廻し、爺さんは江田島の海軍兵学校自習室にをります。
昭和17年2月、 19:30。突然最後列の1号生徒から大声が飛びます。
「エー・・3号で本日、教育参考館見学の際、ストッパーを替へて行かなかった者は手を挙げろ」。
自習時間は18:00から21;00まで、3時間。中に15分の休みがあります。
この時間が大変で大体は修正の時間になります。
修正とは弛んだ精神を修正す ることです。決して棒などは使ひません。
すべて素手(握り拳)で、腰を180度捻り勢いをつけて振り回すので、
頬に当たるとよほど上手く受けないと、口を切り明朝の味噌汁がしみます。
1号全員の修正を受けるのですから、これは大変です。
自習は分隊ごとに行われましたので、1号・8名、2号・10名、3号・ 30名程度です。
自習と言っても、肘を机についてのんびり本を読む態のものではなくて、永平寺の禅僧が座 禅を組む感じで、背筋を伸ばし、顎を引き両手は膝にチャンと置いて黙読するのですから、静寂の中で頁を繰る音が聞こえるのみです。
これはカッコ良すぎます が、爺さんは昼の訓練に疲れて背筋をピンと伸ばしたまま寝ていたと言うところです。
さて先のストッパーと言うのは、褌のことです。
一物をちゃんとストップするので、海軍で はそう呼びました。
教育参考館にはネルソンの遺品や東郷元帥のご遺髪、佐久間艇長の手帳、その他護国の神となられた諸先輩の書や遺品が陳列されていまし た。
生徒は日曜日の自由時間には、よくここを訪れ心を磨いたものです。
不文律として、その際は身に着ける一切の物は、洗い清めたものを着用することになっていました。
「手を挙げろ」と言はれて、手を挙げる馬鹿はいません。
褌まで調べることは、絶対にあり得ないのです。
然し68年前は違っていました。
嘘をついて、黙っている者は一人も居りません。
「手を挙げないでくれ」と心に念じていても、必ず二人くらいはてを挙げます。
そうして3号全員自習室の前に並ばされて修正を受けます。
「貴様らの娑婆っ気満々たる態度を見ておると、一号は、悲しくて悲しくて涙も出なアーい!」と
大音声に怒鳴られます。
このユーモアが殺伐とした空気を救います。
(続く)
2010年02月16日